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半分、青い。 第81話 鈴愛が漫画家引退を宣言





毎日見てますよ(;^_^A見てから始まる毎日!大阪北部地震の時は、始まるの待ってたら、突然地震発生して、番組放送無かったの、おもいだした(;^_^A



永野芽郁さん主演のNHK連続テレビ小説「半分、青い。」は4日、第81回が放送され、豊川悦司さん扮(ふん)する天才少女マンガ家の秋風羽織(あきかぜ・はおり)による、「最後の秋風塾」が繰り広げられた。これまで何度も熱い「創作論」を展開し、「リアルを拾うんだ。想像は負ける」「半端に生きるな。創作物は人が試される」「物語を作ることは、自身を救うんだ」といった珠玉の言葉を生み出していた秋風先生が、最後に語った言葉とは……。
 第81回では、自分の限界を悟ったヒロインの鈴愛(永野さん)がマンガ家をやめて、秋風ハウスを去っていく姿が描かれ、秋風先生は「お前は、お前たちは、ボクテや楡野や小宮は、私の人生を豊かにした……」「人間嫌いの私が、何とか、何とかお前を、何とかしたいと……」「そんなふうに、自分を見捨てないでくれないか。お前は、俺の弟子だ」と思わず本音を吐露する場面も。
 それでも鈴愛の意志が固いことが分かると、秋風先生が放ったのは「あなたはアイデアがとても良かった。言葉の力も強い。しかし、その……構成力のなさは、物語を作る力の弱さは、努力では補えない。マンガを、もう、やめたらいいと思います」との言葉。表現者としてある種の“真理”を突きつつ、そのゆっくりとした口調からは、鈴愛の肩の荷を下ろしてやろうという“父性”さえも感じさせた。鈴愛の身にどんなにつらいことがあっても「マンガを描け!」と背中を押してきた秋風先生とは正反対の姿がそこにはあり、豊川さんの名演と相まって大きな余韻を残した。
 その後、秋風先生は菱本(井川遥さん)を介して、自身のマンガ(実際はくらもちふさこさんの作品)「いつもポケットにショパン」「A-Girl」「海の天辺」の生原稿を鈴愛ら3人の弟子に送ると、オフィス・ティンカーベルを象徴する壁のイラストに三羽の鳥が羽ばたく絵と女性の左目に“涙”を描き、自分の気持ちを表現した。
 この秋風先生の行動は、もともとは台本になかったシーンといい、豊川さん本人の提案により実現。このときにとっておいたかのように“サングラスを外した姿”もお披露目され、視聴者からは「朝からうるっ」「朝からめっちゃ泣いた」「号泣」「今日こそ神回」などの声が上がった。
 「半分、青い。」は、大ヒットドラマ「ロングバケーション」(フジテレビ系、1996年)などで知られ、“恋愛ドラマの神様”の異名も持つ北川悦吏子さんのオリジナル作品。1971年に岐阜県で生まれ、病気で左耳を失聴したヒロイン・鈴愛(すずめ)が、高度成長期の終わりから現代までを七転び八起きで駆け抜け、一大発明を成し遂げるまでの物語。






あと一歩やった!2点先行して、ベルギー本気モードになって同点、カウンターくらってもうた(;^_^A




あと一歩やった!2点先行して、ベルギー本気モードになって同点、カウンターくらってもうた(;^_^A

◆W杯ロシア大会▽決勝トーナメント1回戦 ベルギー3―2日本(2日・ロストフナドヌー)
 歴史的1勝は、ならなかった。FIFAランキング61位の日本は、決勝トーナメント(T)1回戦で同3位のベルギーと対戦。後半3分にMF原口元気(27)=ハノーバー=が右足で先制ゴール。決勝Tで日本人初得点をマークすると、同7分にはMF乾貴士(30)=ベティス=が豪快なミドルで2点目。だが、その後2失点を喫すると、延長突入かと思われた後半ロスタイムにも失点し、2―3の逆転負け。初の8強入りを、目前で逃した。

 西野朗監督(63)は口を開いたまま、しばらく動けなかった。目の前には歓喜に沸くベルギー・イレブン。乾が、酒井宏が、人目もはばからずに泣いた。試合終了間際に失点し逆転負け。目前にあったはずのW杯8強の夢は、最後の数分で泡と消えた。指揮官は「W杯の怖いところでしょうか。追いつめましたけど、やっぱり何が足りないんでしょうね。本気のベルギーがそこにありました」とうなだれた。



 豪快に散った。だが、FIFAランク3位の優勝候補を、最後まで苦しめた。0―0の後半3分、MF柴崎が、センターサークル内からスルーパス。一気に駆け上がったMF原口が右足を振り抜く。狙い澄ましたシュートがゴール左隅に突き刺さった。ここまで守備に奔走し無得点だった原口が、W杯決勝Tでの日本人初ゴールを決めた。
 4分後にはMF乾が右足で豪快ミドルを突き刺した。しかし、壁はやはり高かった。猛攻に耐えきれず同24分に失点すると、5分後にも失点し同点に。延長戦が目前に迫った後半ロスタイムには、カウンターから失点した。
 指揮官は批判を恐れず、信念を貫いた。1次リーグ第3戦のポーランド戦(0●1)では1、2戦から先発を6人変更。終了間際、時間稼ぎのボール回しには批判が起きたが、主力を温存。全ては“3度目の正直”でW杯8強入りを果たすためだった。
 過去2回の決勝T1回戦は、ともに敗退。2002年日韓大会は当時のトルシエ監督が16強で満足し、前線の組み合わせを変更するなど采配が迷走。10年南アフリカ大会はメンバーが固定されており、選手が疲弊し力尽きた。西野監督は「両大会とも全てを出し尽くした感があり、チームに余力があったかどうか」と分析していた。
 第3戦の決断は、先人たちの経験を踏まえたからこそ。「3回目になって精神的な余裕もある。ベルギーはこれから(本当の)W杯が始まるぞと思っている。我々も精神的な面で同じレベルに立ちたい」。心身共にフレッシュな状態で挑んだが、一歩及ばなかった。
 ハリルホジッチ前監督の解任を受け、短い準備期間の中、常に冷静で、選手とのコミュニケーションを大切にして16強までチームを導いた。「最高の化学反応を起こしたい」と語った4月12日の就任会見から81日、西野監督のロシアW杯での挑戦は幕を閉じた。






「借金引退」の大嶺翔太、債権者が球団に“取り立て”も (;^_^A




何の借金やろわからんけど(-_-;)数百万やったら!!頑張って返せるのに❓

シーズン真っ最中の6月23日、千葉ロッテの大嶺翔太内野手(26)が、突然、引退を発表した。しかもそれが「借金による金銭トラブル」という前代未聞の理由だったため、球界は騒然となった。スポーツ紙記者がいう。
「借金は合わせて数百万円ほどだと聞いています。大嶺の今季年俸は1000万円。一軍の当落線上の選手ですが、井口監督は“ポテンシャルが高い”と期待し、今後の年俸アップも予想されていました。借金の額を考えても引退する理由が見当たらない」
 大嶺は引退を自ら申し出たというが、球団関係者によるとこんな背景があったという。
「彼の借金問題は今回が初めてではない。2年半ほど前、複数の債権者が球団に“取り立て”に来たそうです。球団は大嶺を注意したが、最近になってまた同じようなことがあった。しかも以前より事態が悪化していたのです。後輩からもカネを借りていた。さらに、同じくロッテに在籍する兄・祐太のグラブやチームメイトの野球道具、NPB使用球などが『メルカリ』や『ヤフオク』などのインターネットオークションサイトに出品されていたことも発覚したようです」



 球団はこう答える。
「借金の詳細はいえないが、(地下カジノなどの)違法なものではない。球団としては謹慎処分も考えていたが、引退の意志が固かった」(球団広報)
 大嶺は幼少の頃に両親が離婚し、兄とともに祖父母に育てられた。2006年には祐太がドラフト1位で、2009年には翔太がドラフト3位でロッテに入団。2015年5月の母の日に公式戦では初となる「兄弟同時スタメン」が実現し、投打のヒーローとしてお立ち台に上がった。
「きっと石垣島で喜んでくれているはず」と祖母への思いを語ったこともある。
 弟の引退について祐太は「兄として彼を見守っていきたい」というコメントを発表したのみ。石垣島の祖母を直撃すると、無念そうに「お話しすることは何もありません……」と俯くだけだった。
 同じく石垣島に住む父親は「祐太が3つか4つで、翔太が赤ちゃんの時に離婚したから、俺がどうこう言える立場にないけど……」と断りを入れた上で、こう話す。
「自分でこういうことを招いたなら、自分で責任を取らなくてはいけん。子供じゃないし」
──離婚してから翔太さんとは会っていない?
「石垣島はちっちゃいから、時々会うことはあります。その時に話はしたこともあるさ。プロ野球選手になってから1回は会ったんじゃないかな。私タクシー(の運転手を)やっているもんだから、偶然(タクシーに乗ってきて)会ったことがあって。話はするんだけど、うわべだけの話ですよ。『元気で頑張っとるか』とか、『調子はどうね』とか」
──お父さんだということを本人は認識していますか?
「(父親の)顔は知っとる。でもうわべだけの話しかできんよ。これから今回のことで相談に来るかもわからんし、全く来ないかもわからん」
──もし相談が来たら支援しますか?
「これは状況によってどうなるかわからん。各々の生活がありますから。もしこっちに何か相談が来た場合は対応をしようと思います、本人が相談にくる場合はね」







長州力NHK大河デビューで“リキラリアート”熱烈オファー受け長州藩総督役 (;^_^A




リキラリーアートよりもスコーピオンデスロック見たかった(;^_^A
プロレスラーの長州力(66)がNHK大河ドラマ「西郷どん」(日曜、後8・00)に長州藩の総督役で出演し、大河デビューすることが1日、分かった。
 長州藩ゆかりの山口県出身で“革命戦士”の異名を持つ長州の起用が夢だった制作サイドから熱烈オファーを受けた。7月22日放送回で描かれる「禁門の変」を引き起こした重要人物に抜擢。過激な尊王攘夷派を率いた来島又兵衛(きじま・またべえ)役で戦場入りが決まった。

長州は「長いセリフもあり、無理だろう」と弱腰になったが、「この年齢でやったことがないことをやってみようかな」と自らを鼓舞した。セリフの叫び声は風呂場で練習。方言や鎧の重さに悪戦苦闘したが、劇中で“リキラリアート”を見舞い、迫力満点のシーンを完成させた。
 「『ラリアートして下さい』と言われ、そんなことまでして良いのかと驚いた。とても勉強になった」と大河の現場を楽しんだ。「プロレスラーがなぜ大河?と思う方もいると思うが、反応を聞いてみたい」と視聴者の声を心待ちにした。




ホリエモンロケット2号機が炎上、打ち上げ直後に落下(;^_^A




元ライブドア社長で実業家の堀江貴文さんが出資する宇宙ベンチャー、インターステラテクノロジズ(IST)の小型ロケット「MOMO」2号機が、打ち上げ直後に落下、炎上した。


 小型ロケット「MOMO」2号機の射場から約4キロ離れた有料観覧席には、多くの家族連れが集まり、打ち上げを見守っていた。
 午前5時30分、カウントダウンがゼロになり、ロケットのエンジンが噴射する赤い炎が見えると、「おー」と歓声が湧いていた。だが直後に炎があがり、「ドン」という爆発音が遅れて聞こえた。
 距離が離れているため、肉眼では炎しか見えず、観覧席からは「どうなったの」「いつ上がるの」と不安がる声が次々に起こり、その後沈黙の時間がしばらく流れた。
 射場の近くに置かれたカメラの映像では、機体は10~20メートル上昇した後、エンジンの燃焼が弱まってほぼ垂直に落下。地面にぶつかり、10秒足らずでバラバラになって炎に包まれていた。
 エンジンはエタノールと液体酸素を燃料にしており、延焼の可能性もあるため、午前9時現在で社員らの立ち入りができない状態が続いている。
 計画では、打ち上げから約4分で宇宙空間(高度100キロ)に到達し、そのまま弧を描いて太平洋上に落下する計画だった。




コーヒー飲んでたら(;^_^Aブルーザー ブロディ思いだした(;’∀’)





20080715221448


鶴田もブロディもジョー樋口ももういないんだな。
今見返してみると涙が出てくるなぁ。
ああ、この時代のプロレスが一番よかったなぁ。
この時代に戻りたいなぁ。
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この当時の超獣コンビはそれぞれでもずば抜けた実力があるのに、タッチワークが非常に速く、そしてどちらかが攻撃をされるとすぐにカットに入る、という戦術が目に見えてわかるが、馬場鶴田や鶴田天龍はコンビネーションを含めてそこが甘かったのが明白でした。ゆえに馬場・鶴田は超獣コンビにはまともに勝てた試しがなかった。

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藤吉久美子、不倫騒動を号泣謝罪 夫・太川に「こんな妻で申し訳ありません…」





一部週刊誌で大阪・ABC朝日放送の50代既婚プロデューサーとの不倫疑惑が報じられ、14日深夜に号泣しながら謝罪会見した女優・藤吉久美子(56)が、年内は“休養”することが15日、分かった。

【写真】苦笑いを浮かべて会見する太川陽介

 関係者は「当初から12月14日以降、年内は仕事は入っていなかった。今回の件で変更になり、休養することになったのとは違う。ただ本人の精神的な状態やこれから年内は新しい仕事が入ってくる可能性は低い」と説明した。



 実際のところ、藤吉よりも夫で俳優の太川陽介(58)の方が精神的ダメージやショックがはるかに大きいはず。不倫騒動で迷惑をかけた家族とともに“メンタル修復”しながら、藤吉は“疑わしき行為”を深く反省し、自己を顧みる年末となりそうだ。

 また事務所の移籍も報じられているが14日の会見では語っていない。関係者は「はっきりとした答はまだ出ておらず、本人とも話し合っている状態です」と、もう少し時間がかかるという。来年以降の所属先が落ち着かなければ、今後の芸能活動にも影響が出てくる可能性がある

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「怒りの感情をコントロールできず失敗」 「このハゲー!」豊田元議員が文句なしの1位







「怒りの感情をコントロールできず失敗」 「このハゲー!」豊田元議員が文句なしの1位 断トツの1位納得(;^_^A




松居一代第2位

安倍晋三第3位


少ないので明日から記事を!
毎日更新していきます。データを取り次第(;’∀’)
2016年度怒りをコントロールできずに失敗した有名人ランキング




元中日小松辰雄氏が人身事故 自転車の男性死亡




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12日午後10時ごろ、名古屋市東区赤塚町の交差点で、同市千種区宮根台、元プロ野球中日投手で会社役員小松辰雄さん(58)が運転する乗用車が、横断していた自転車の男性と衝突した。男性は病院に搬送されたが、約10時間後、急性硬膜下血腫で死亡した。

 東署によると、現場は信号機と横断歩道のある交差点。小松さんは交差点を直進しようとしたところ、左から来た自転車と衝突したという。男性は30代ぐらいとみられ、同署は身元の確認を急いでいる。小松さんは仕事からの帰宅途中で、同乗者はいなかった。

 同署が小松さんから事情を聴くなどし、詳しい事故の状況を調べている。

 小松さんは1978年、ドラフト2位で石川・星稜高から中日に入団。中日のエースとして活躍し、通算122勝を挙げた。94年に引退した。







朝飯食べたら(;’∀’)ヤングおーお思い出した(;^_^A

懐かしいな(‘◇’)ゞ良く見に行った!!行った時ベッツイ&クリス出てたなぁ😢




概要
沿革
1969年7月3日に番組スタート。落語家の桂三枝(現:六代桂文枝)とMBSアナウンサー(当時)の斎藤努がパーソナリティを務めていた公開収録形式のラジオ番組『歌え! MBSヤングタウン』のテレビバージョンとして制作された[1]。当時は若者向けのテレビ番組がなく、この番組を「若者の“電波解放区”」と名付け、「彼らが興味のありそうなものを雑誌のように、ブロック構成で見せる」ことをはかり、多彩なコーナーを短時間で次々見せていく形式を作った[1]。初代司会は、三枝に加え笑福亭仁鶴が担当。すぐに横山やすし・西川きよしが加わった。初代進行役は斎藤が務め、のちにMBSのアナウンサーが歴代務めた
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初代司会者の桂三枝(6代目)
1943年7月16日生まれ。大阪府堺市出身。
落語家、タレント、司会者、社団法人上方落語協会会長。上方落語の名跡『桂文枝』の当代で、前名は桂 三枝(かつら さんし)。
現在、同一司会者によるトーク番組の最長放送世界記録保持者として、記録更新中である。
初代司会者の笑福亭仁鶴
1937年1月28日生まれ。大阪市生野区出身。
落語家。
出囃子は「猩々くずし」または「だんじり」。妻は吉本新喜劇に在籍した永隆子。当たりギャグは「どんなんかな〜」。
1960年代から1970年代にかけては、月亭可朝や桂三枝(現:6代桂文枝)と共に、吉本興業の顔としてテレビ、ラジオ、映画、レコードに多数出演したほか、花月劇場チェーンへの出演と大活躍し、『ヤングおー!おー!』(MBSテレビ)を通じて全国区のタレントとなった。

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